J 「教えの鏡を立てた信心辛抱。空閑家の信心。岩藤の芝居。」
昭和五十七年六月十二日 朝の御理解
御理解 第八十八節 「昔から、親が鏡を持たせて嫁入りせるのは、顔をきれいにす るばかりではない。心につらい悲しいと思う時、腹を立て、 悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということである 此方の道は、喜びに喜んで開けた道だから、喜びでは苦労はさせんとこう仰せられる。本当に、この,喜びに喜んでというところに八十八節があると思うですね。
広がりに広がるおかげという意味でしょね。だから、その喜びに喜んでというなかなか、そんなにやっぱ辛い悲しいと思う事もあるけれども、あの、鏡を立てるという事は教えの鏡を立ててという事で、なかなか有り難い、有り難いと思えなくってもそれこそ、心に、一心に金光様、金光様を唱えながら、まあ、辛抱していくうちに、黙っておってよかった、顔に出さん、態度に出さんでよかったと、その後に金光様を念ずるところからね、そういう実証が生まれてくるんです。だから、あの、例え、その時はきつかっても金光様を唱えながらの辛抱であれは、ね、それが、だんだん信心辛抱の徳になって、もう、本当にどんな場合であっても有り難い、有り難いで頂けてくるようになるですね。やっぱ稽古です、だから。昨日私は、あちら部屋に下がってちょっとテレビをついてまして、その見たところあの私は、後先は見ませんでしたけれども、山本陽子ですかね、きれいな女優さんがおります。
あの人が演ずるところの嫁さんで三年間やはり、辛抱しとったと。お母さんが非常にその、まあ、いじめ好きのお母さんでその、もう、いよいよお母さんにもてかねて出て行く、という場面であった。そしてね、私も一言、言わせて頂きますと言うて、言うておりましたが、バカヤロウ-と一言いうた。そしてああ胸がスッキリしたと言うて出ていくところの場面があったんです。
昨日皆さんも見なさったかもしれん、その、バカヤロウ-が大きいこつ、大きいこつ、そのババさんの顔見てから、もう、そうにゃ三年間の間にどうかいおごたったわけでしょ。それでもやっぱ、辛抱に辛抱しとったわけでしょ。だから、だだの辛抱から辛抱じゃそげなふうで爆発する事があります。けれども、ここにね、教えの鏡を立てるとかね、いうなら、金光様を念じながら、あのう、辛抱しとるとね、それが消化出来るんです、だんだん。そしてあ-あ腹を立てんでよかった、態度、顔に出さんでよかったというような体験が積んでいくうちにですね、いわば喜びだけじゃなくて、喜びに喜んでという八十八、広がりに広がるおかげの元とこが出来てくると思うですね。これは、まあ、信心のいうならば、序の口の方達の生き方なんです。
だんだん、合楽的信心というか御理念に基づいての生き方をさせて頂いておると、よく皆さんが申します言葉の中にいろんな問題がある。。これも親先生の祈りの圏内に起きてきた事だからと言うでしょうが、これです。だから、それを本当に信ずる事です。私共がね、合楽に御縁を頂いておる、いうならば、人達の上にね、親先生の日々の熱い祈りを頂いておりますから、その、祈りの圏内に起きてくる事ですから、例えそれが痛い事であろうが、はがゆい思いをするような事であろうが、ね、神ながらの働きの中にある自分という事が分かる時に、ね、神様有り難うございますが言えれるんです。
これは合楽、いわば、御理念に基づく信心の進め方だと思うですね。昨日は、佐賀の支部長であります空閑のお母さんの五十日の合祀祭がもう、本当に盛大に御親戚の方達が四十二名でしたかね、見えて本当に盛大なお祭りでした。
やはり二、三日前あちらのお宅で改式祭がございました。皆さんも御承知でしたでしょうけれども、佐賀支部の大祭の日に亡くなられたんです。ああ、本当に恵まれた霊様だと思いますよ。佐賀支部の大祭たんびに、いうならば、帰幽祭が出来るんですからね、ね。それでも、やはり親戚の方達が、まあ、集まって見えて、これほど空閑一家の者が合楽、合楽と言うて御信心をしておるのだから、ね、合楽の親先生というお方に告別式をしてもろうたらどうだろうかと言う話になったんだそうです。
それで、まあ、ここから先生方が参りまして盛大な告別式が行われましてその後にね、いろんな問題がやっぱあったわけです。ね、それでもおかげを頂いて改式祭が執り行われそして、その二、三日前でしたから昨日の霊祭はここで、五十日祭はここでという事でございました。
ここでするから私が奉仕させて頂きまたが、神様にそのお届けをさして頂いておりましたら、皆さんは御承知でない方があるでしょう。滅多に出さないお芝居ですから歌舞伎ですけれどもね、あの鏡山っていうお芝居は皆さんが御承知ですね、岩藤とあのお初が出ているあのお芝居なんです。
その鏡山の後日物語的なお芝居に骨寄せ(こつよせ)というお芝居があるんです。 岩藤の遺骨が野ノ原にもう散らかってるわけですね、それをもう、まあ、どんな演出をするか知らんけども、一人でに骨がずうっと集まっていくというお芝居なんです そして後の者の、その、供養によって岩藤が元の姿になって、ね、それから、傘を片手に扇を使いながら昇天していくというお芝居ですから、もう、大道具を使ってのお芝居なんです。上に吊り上げる、ね、傘を持って片手に扇子を持ちながら、昇天していくというお芝居。その場面を頂くんです。
私は昨日、それを頂いてから、はあ今朝のき御理解も此方の道は傘一本で開ける道という御理解だったでしょうが。だから、やっぱ傘にちなんで御理解下さるんだなあと私は思うたんですね。そして、なら、その事をですね、私は、あのお祭りがすんで皆さんにお話をさせて頂いたところが親戚の方がもう、驚いてしまって合楽の金光様の有り難い事が分かりましたと言うて挨拶に見えられました。
と言うのはね、そのお遺骨を子供さんが何人もありますからね、その寄せてみんなされたところが自分方にもとる、どっちもと言う、もう金光様ちゃ拝みきらんけんでというような者も中にはあったわけですよ、ね。ところが、空閑さんがそんな事じゃいけんからと言うて話合いの上でお骨を全部集めた事が非常にひっかかっておられた 空閑さん自身もそうだし親戚の方も、ところが昨日、遺骨寄せで成仏したというその話を聞いてですね、もう、本当にまあ恐れ入ったという事でございました、ね。
もう私もあんな芝居一回見ただけで見た事もなかったんですけど、忘れっしもうとったけれども、心眼の中にありありとその場面を頂いたんです。ね、
だから、岩藤が後の者の供養で成仏したと。岩藤のように悪いお婆さんというたわけじゃなかったでしょうけれどもね、まあ、いろいろやっぱ問題はあったんじゃないだろうかと、私はまあ、関連して思わして頂いた事でしたけれども、ね、
おかげを頂いてまあ、そういう有り難い霊祭を奉仕させて頂いた。ね、私は思うのにね、合楽で例えば、日々起きておる事柄、又合楽で毎朝こうやって頂いておる御理解が、いかにそれこそ、ま、先だってから頂くように、ね、神様の世界に住むという言葉がございましたよね。もう、合楽の場合はもう、日々が不思議で不思議でたまらん世界にあるのですよ。その一つの神様の世界の現れです合楽はね。昨日の朝の御理解が傘一本で助かるという御理解じゃったが、頂いたのもその、いうなら岩藤が傘を持って昇天するという、いうならば、それはどういう事かというと、どういう人であったかは知りませんけれども、ね、只、もう八十幾つのお婆さんでしたから、その毎月あちらで共励会がある。共励会で先生が行ってお話をさせてもらう話を楽しみに聞いておられた事、程度の御信心なんですからね。どうか知らんけれどもそのおかげでまあ、霊様も合楽世界にだんだん住まわれて、これからも又、御理念に基づく霊の精進がある事でしょうが、ですね、いうならば、傘を持って昇天してという事は、もう安心のおかげを頂いてた霊という事になりましょうが、ね。有り難いでしょうが、そういうところ。そういう話を聞いて、あ、不思議なこっちゃある、合楽では本当に不思議なこっちゃあると、皆さんが思うだけではなしに、そういう働きを受けておる私達だという事なんだ。
だから、そういう不思議な不思議な祈りの中にいうなら、親先生の祈りの圏内にある事なのだから、これが信心がなかなら腹の立つ事だけども、御理念に基づくと御礼申し上げねばならん事が分かるから、喜びに喜んで、の心が生まれてくるのです。
はあ、こんなにして下さるんだなと、ね。此の頃の中原さんじゃないけれども、こんなにしてほうれん草を下さるんだなあという事になるでしょう。
いよいよ力をつけて下さる、お徳を下さる為の働きとして、御礼が言えれる。というところまでね、信心を高めて・・・・
只、ここで通り一遍のとこだけを頂きますとね、ただ、辛抱しろ辛抱しろどげな事があったっちゃ嫁御は辛抱していけと、嫌な顔やらね、その悲しい顔やらは人に見せるなと、鏡を立てていつも心では泣きよっても、顔ではにこやかにして家を治めていけ、というだけのところを頂いたんじゃです、いつかはそげんとは爆発するです、ね 昨日、山本陽子演ずるところのそうじゃないけども、それこそ最後にバカヤロウ-言うて胸がすっきりしたと。そうしなければ胸がすっきりせんといったような事では助かりとは言えないでしょう、ね。
だから、本気で生神金光大神、天地金乃神を唱えさせて頂いての辛抱であり、それが御理念に基づかせて頂きますと、これはむしろ御礼を言わねばならない事が分かってそれを芯から分からせて頂いた時に、私共の前には、ね、喜びに喜べれる、又は広がりに広がる元が、そこにそのようにして出来ていくんだという事を、ね、分からして頂いてね、どんな場合であってもね、喜びに喜んで、いうなら、広がりに広がるおかげを頂きたいですね。
どうぞ。